
おらは百姓。おらのファッションは農である。
ファッションとは人の在り方。
農とは農業とその文化、伝統、そして民俗。すなわち人の生き方だ。
だからファッションは農なのだ。
信州に春が訪れる頃、我が家の水田ですくすくと育つ早苗の列が欠けてしまう。
山からおりてきた鹿が食んでしまうのだ。
エゾシカをはじめニホンジカは、作物をおそろしいほど食い荒らす。
駆除されたエゾシカの肉はジビエになり、皮は革になる。
おらはその革をいただいて、野良着のつくりを発展させ、農を楽しむ衣服「農楽着」をつくった。
おらは、集落の奉納祭で獅子舞の舞手をつとめる。
おらが雌獅子は、五穀豊穣を祝って悪を祓う存在。凛としてたたかうその御姿は、百姓にとってひとつの救いだ。
そんな御獅子のような強さを宿したくて、おらは御獅子とともに農楽着をあらわした。
鹿が悪なのではない。鹿との生き方を思いやれないことが悪なのだ。
その悪をおらは祓いたかった。
百姓とは農する人。そして農すること。
百姓は、魂のように宿るものを尊び、それとともに生きる。
そう遠くない未来、ファッションは百姓になる。
素材:エゾシカ革,B反(コットン),リサイクルポリエステル
協力:伊藤産業株式会社、古橋織布有限会社、株式会社ムーンスター、セイコーエプソン株式会社、株式会社ゴールドウイン、YKK株式会社、スタイレム瀧定大阪株式会社、長野市立博物館、SOKA LEATHER、北海道猟友会
Photography by YASUNARI KIKUMA / ©︎ FASHION FRONTIER PROGRAM

生前の彼が、ときたま口にした「百姓」という言葉には、厳しい暮らしの中で翻弄されながらも、人とものを慈しみ、生命を育んで毅然と生きてきた人々の矜持と信念がこもっていた。
私のファッションは農である。
農は今まで蔑ろにされてきた。農がなければ、私たちは生きることができないのに。
農は私たちの生き方そのものだったのに。農が私たちを繋いでいたのに。
本当は、農だっておしゃれなのだ。もっとおしゃれになれるのだ。
あなたが思っているより、農は気高く、逞しく、そして美しい。
信州信濃の百姓が、連綿と受け継いできた「農」。
それは「衣服のデザイン」という意味でのファッションデザインに留まらず、もはや「人の在り方としてのファッションデザイン」そのものである。
むかしの野良着と、いまのワークウェア。どちらも、人が農するために纏う服。
新しい農する服が生まれるとき、新しい農、すなわち「人の在り方」が生まれると信じて、かつての百姓がそうしたように、私はからだを動かす。
それが、いまを生きる百姓として、私ができる精一杯のものづくりなのだ。
百年後の百姓へ。
素材:ブルーシートフィラメント、ブルーシート、B反織物(綿竹混織、綿)
Photography by YASUNARI KIKUMA / ©︎ FASHION FRONTIER PROGRAM
Instagram:@mitsukimurata