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社会を意識し、尖った個性を打ち出したクリエイションとは?

クリエイティビティ
DIALOGUE
2023/4/17
ソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任)とクリエイティビティ(創造性)を併せ持つ衣服を具現化するデザイナーのエデュケーションプログラム・アワード「ファッション・フロンティア・プログラム」。第2期の鼎談1回目はモデルの冨永愛氏と、ファッションジャーナリストの渡辺三津子氏が、FASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)発起人の中里唯馬とクリエイティビティについて語り合った。

──高いクリエイティビティを実感した経験

 

中里唯馬(ファッションデザイナー/以降、中里):FASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)はソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任)とクリエイティビティ(創造性)の両立が審査の重要なポイントになっています。そこで、世界の一流デザイナーと一緒にお仕事をなさったり、間近でお仕事をご覧になったりしてきたお二人に、「高いクリエイティビティとは何か」という大きな質問をしてみたいです。今までで1つ、高いクリエイティビティを感じたコレクションをあげるとしたら、何がありますか? 

 

渡辺三津子(ファッションジャーナリスト/以降、渡辺):いろいろ個性を持ったデザイナーの方がいて、表現したいものも全く違い、その度に感動や衝撃があります。1つだけあげるのはとても難しいのですが、パリで見たファッションショーのなかで、今でも自分のモチベーションになるような大切な体験になっているのが、マルタン・マルジェラのショー。まだメゾン・マルジェラになる前の、マルタンさん自身がショーを手がけていた時代、90年代から2000年代にかけてのショーですね。

 

ショーの会場自体も既存のファッションショーとは異なり、普通の人が通る庶民的な街角や、セーヌ川にかかる大きな橋の下の秘密の空間みたいな奇抜な場所で行われて、それ自体が驚きだったのですが、会場に着くと白衣を着たマルジェラのスタッフの方々が本当に暖かくワインを振る舞って迎えてくれたんです。そのアットホームで分け隔てない姿勢、インクルーシブな雰囲気によって、パリコレの中でもホッとする、かつ刺激を受けるショーでした。

 

それまでのモード界の、ラグジュアリーブランドを頂点とするさまざまなシステムに漂う雰囲気は、インクルーシブとは真逆のエクスクルーシブ。選ばれた人たちだけがショーを見、楽しめるというものでした。それもあっていいとは思うのですが、その真逆をいくマルジェラのショーは、服だけではなくプレゼンテーションにも既存の価値観を壊してゆく彼の精神やクリエイティビティが現れていて、新鮮で時代そのものを変えていくパワーがありました。

 

中里:驚きの部分はメディアを通してビシバシ伝わってきましたが、温かみはその場にいる人がフィジカルで体感できるものですね。そのギャップがあったと知ると、マルタン・マルジェラのクリエイションにさらに奥行きを感じますね。興味深いです。冨永さんはいかがですか?

 

冨永愛(モデル/以降、冨永):マルタン・マルジェラの名前が出てきて懐かしく思いました。マルタン・マルジェラに関して言えば、あまたあるブランドの中でも、他と一線を画した表現をするブランドだったと思います。私もマルタンのランウェイを、黒いストッキングを顔にかぶって歩いたことがあります。自分の歩く道が見えないので、どうやってランウェイすればいいのかと試行錯誤しました。顔を隠す表現は今では、皆がやっていますが、そういった先進的なことに挑むのがマルタン・マルジェラでしたよね。

 

マルタン・マルジェラもすばらしかったですが、私の中で高いクリエイティビティといえば、長年ランウェイをご一緒してきたジョン・ガリアーノ。彼は今、メゾン・マルジェラのクリエイティブ・ディレクターですが、クリスチャン・ディオールのデザイナーだった時代です。そのとき、ジョン・ガリアーノはクリエイティブをエンターテイメントに昇華させてみたり、ショー自体をみんなが楽しめる、エンターテイメントに盛り上げていったりしていました。服のデザイン自体も非常に奇抜でクリエイティブで、見ていても、ランウェイを歩いていても、とても楽しかった。ちょうど彼がヤマンバギャルという日本のストリートカルチャーに興味を持っていた時代でもあって、私としてはとてもシンパシーを感じました。あの時代に、彼の作品と出会えて、一緒に仕事ができたことは、光栄なことだったと思います。

 

中里:ショーのバックステージから何が出てくるんだろうとお客さんがワクワクしたり、出てきた服を見て「わぁっ!」とテンションが上がったりする感じはメディア越しに見ていても伝わりました。そういうエモーショナルな、人の心がいろいろな意味で動く時に、これはすごいクリエイティビティだと人は感じるものなのでしょうね。

──ファッションデザイナーが起こしてきた、社会的なアクション

 


中里:このプログラムでも、そういった心を揺さぶられるデザインに出会いたいと思うのですが、このプログラムでは社会性も大事にしています。ファッションデザイナーが今までとってきた社会的なアクションで、この取り組みはすてきだな、ユニークだなと思うのがあれば教えてください。

 

渡辺:社会的課題に対する取り組みといえば、ヴィヴィアン・ウェストウッドやステラ・マッカートニーが一番に思い浮かびますよね。でも、遡るとココ・シャネル、ソニア・リキエル、川久保玲などは、その時代の既存のルールを破ったり、新しい生き方を提案したりしていました。

 

ココ・シャネルは喪服とされていた黒を優雅で実用的なワンピースに変えてイメージを変えたり、ハンドバッグやクラッチバッグが主流だった時代に、肩紐付きの女性用バッグを考えて女性の両手を解放したりしました。ソニア・リキエルはプレ・デュ・コール(身体を意識させる服)として、それまでハイブランドの世界ではあまり使われなかったニット生地をモダンに昇華させましたよね。川久保玲は西欧的ソーシャルの価値観から生まれる生き方、ファッションに真正面から挑戦するかのように、全身黒で穴だらけのボロルックと呼ばれるコレクションを発表し、「黒の衝撃」といわれる伝説を作ったり、男性向けのラインでメンズファッションから「男らしさ」を取り除いて「戦争をしない男たち」「自由を着る男たち」と高い評価を得たりしたのです。

 

そういった社会への問いかけを、大きな声で言葉で提案するというよりも、服を作ることで行っていました。それに女性たちが共感し、エンパワーメントされて、次のアクションに結びついていったのではないかと思いますね。先ほど唯馬さんがおっしゃった通り、メッセージが込められたクリエイションは感情を揺さぶられますから。

 

中里:デザインが人に勇気を与えたり、行動に変化をもたらしたりすることは、たびたび起きてきたんでしょうね。改めて考えると、ファッションの力はこんなに大きいんだと、デザイナーの私としては勇気づけられるし、自分も何かそういうことに携われたらいいなと思います。冨永さんはいかがでしょうか。

 

冨永:三津子さんの話で、歴史を振り返ってみると、さまざまな社会的活動がファッションデザイナーによって行われてきていることを思い出しました。今は、それに加えて環境問題等、より多くの社会課題を、ブランドやデザイナーがメッセージとして伝えていますよね。自分達の個性として何をメッセージとするか、何を提言していくかが、全てのブランドで重要になってきていると思います。また、その表現方法も多様化してきています。今までは服で表現することだけが中心でしたが、今はメディアの可能性は広がって、SNSも多様化して、言葉や動画で自由自在にファッションの魅力を伝えることもできる時代になりました。今後の表現方法の広がりがとても楽しみですよね。

 

中里:たしかに、デザイナーが思いやビジョン、メッセージを伝える方法は多様になっていますね。だからこそ、その方法が問われている気もします。

 

渡辺:いろいろな社会課題がありますけれど、全てに対して発信しなくちゃいけない、すべてがクリアにならなければ発言する意味がないと思う必要はないと思うんです。全てに応えるのは無理ですし。自分のクリエイションの根本、精神につながるものに関して、発信していくといいのではないでしょうか。

 

中里:そうですね。シャネルも川久保さんも、デザイナーの生き様がそのまま強いエネルギーになって表現されています。そういう説得力、強さを感じられると、見ている側からすると感情が揺さぶられ、クリエイティビティの高さとして人を動かすのでしょうね。

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──好きな服、取っておきたい服の共通項

 

中里:お二人はこれまで多くのデザイナーのクリエイティビティに触れ、さまざまな服を着てこられたと思います。そんななかで、この服はずっと取っておきたいな、やっぱり好きなんだよなと思うものはありますか。あるのなら、なぜそう思うのかを知りたいです。渡辺さん、いかがでしょう。

 

渡辺:私は今、服が捨てられなくて本当に困っていて。2021年度末で「ヴォーグ ジャパン(VOGUE JAPAN)」の編集長を退任した時に区切りとして捨てようと思ったけれど、想像以上に捨てられないんです。服には素材やシルエット、ディテールに込められた特別なニュアンス、なぜこういう選択がされたのか等、さまざまな判断が込められていますよね。ものとして何かそこに命がこもっているような感じがしてしまうんです。それに、自分がそれを買った時の気持ちを鮮明に思い出すものばかりなんですよね。デザイナーが服に込めた精神、魂がこもっている服と出会って、それとともにいたいという気持ちがあったなと思い出すと、捨てるのは本当に難しいですよね。

 

冨永:私も全く同意見です。服に込められた思いや思い出があると、手放すことができないものになります。それは服という概念を超えた、自分の体の一部、人生の一部になってしまって。たとえクローゼットの端っこだったとしても、きちんと取っておきたくなってしまう。それに、流行は20年単位で回ってくるものです。今はY2Kが流行っているけれど、私も1990年代後半から2000年代にファッションの世界に飛び込んだ世代だから、ちょうど一周したという気分です。あの時代の服がまた着られるのかなと思ったりするのも、楽しいことですよね。

 

中里:デザイナーの思いと、その期間の思い出が組み合わさっていくわけですね。デザイナーとしても着ている人が思いを受け取ってくれる実感があると、作りがいがありますね。

──SNS時代のデザイナーの発信方法のコツ

 

中里:デザイナーが思いを伝える方法が、服だけではなく多様になったという話がありました。メディアだけではなく、SNSによってデザイナー自身ががいろいろなメッセージを発信できるようになり、多様な視点を一瞬で世界に届けられるようになりましたよね。良い面もありますが、いろいろな立場や環境によって、人を傷つける恐れもあります。どうやってコミュニケーションを取っていけばいいのでしょう。

 

渡辺:SNSがあることで、簡単にコミュニケーションが取れるようになり、デザイナーが自分の言葉で発信していけるのは非常に良いことだと思います。反面、その言葉がどういう影響力を持ってしまうかは意識しないといけませんよね。単語としての、言葉だけを取り出されて意図とは違う形で広まってしまうこともあります。だからこそ、基本的な知識は持つべきですが、言葉だけに気をつけるような方向に意識が向きすぎるのも良くないと思うのです。なぜその言葉を使いたいのか、発信した言葉で傷ついた方がいらっしゃったとしたら、なぜ傷つけてまったのか。言葉の裏側にある気持ちの動きを自分なりに深く考えることが第一歩になるはずです。危機管理マニュアルはありませんし、もしあっても、それだけを使うとしたら理解が深まりません。他者の気持ちに想像力をいかに働かせるかが肝ですね。

 

中里:渡辺さんはファッション誌で編集をなさっていましたよね。ビジュアルイメージは、写真の撮り方やヘアメイク、モデルの組み合わせでできますが、そのビジュアルイメージが影響力を持てば持つほど、モデルに人種的偏りがある、ヘアメイクが特定の文化を軽視している、などと、個別に意味を持たれてしまうことがあります。人の気持ちを配慮しつつ、エッジも保つにはどう考えてらいいいのでしょうか。

 

渡辺:たしかに最近5年くらいは特に、そのバランスを考えるようになりました。写真を撮るときに、写真家のスタイルや作りたい世界観によって、例えばモデルの肌の色が特定の色味に寄ることもあります。20年前だったら「これは作品のスタイルだから」と、スタイルを優先していたでしょう。しかし最近では、そのモデルの方の、一人の個人としての生き方や表現したい姿を含めて、考えるようになりました。

 

中里:なるほど、モデルの方と個人として向き合ってバランスを考えるのですね。冨永さんはSNSの発信に関して、どうお考えですか?

 

冨永:炎上のような状況には、もちろん陥らないほうがいいとは思います。でも、結果としてそうなってしまうことも、多々ありますよね。自分が思っていないことに対して批判されることもあると思いますし、回避できないケースもあります。でも本来、ファッションデザイナーが住むのは、芸術の世界です。表現はとにかく、自由であるべきだと思います。特定の人や民族、特定の何かを貶したり侮辱したりすることでなければ、クリエイティブにおいては、ある程度偏っていていいとも思うんです。あまりに炎上を恐れすぎると、ものづくりをしている人たちは、自由にクリエイトができなくなってしまいそうです。人を傷つけないことを念頭に置いて、チームで相談した時に「ちょっとそれはどうか」と言ってくれる人がいたら、ディスカッションし、違う言い方や表現方法で回避できるならそうする。とはいえ、信念に基づいて譲れないものは変えない。そういうスタンスが大事ではないでしょうか。

 

中里:ディスカッションして理解を深めて、それでもこの表現をしたいと思って発信していく、というワンクッションあるのは大事ですね。高いクリエイティブでは感情が動くという話につながりますが、表現が丸くなりすぎて安全な方にだけ進んでしまうと感情は動きませんもんね。

 

冨永:そうなると、おもしろくなくなってしまいますよね。

 

中里:そうですね。もちろん、ネガティブなエモーションはないほうがいいだろうとは思いますが。感情をどう動かすか、良い服を生み出すにはどうしたらいいかに、真摯に向き合っていくことが必要ですね。

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──ファッションで何かを成し遂げたいと思う人に向けてのメッセージ

 

中里:最後に、このプログラムに参加している方々、またFFPのサイトを見てくださるファッションを志す方々に何か一言メッセージをお願いします!

 

渡辺:ファッションで何かを表現するためには、人々に今までとは違う世界を見せ、感動したり美しいと思わせたりして、人々の感情を動かすことが大切です。ご自分の信念、私はこう思うから服が作りたいんだという、根本にある気持ちを常に照らして、作品を生み出していってください。その際、いろいろな人に受け入れてもらいたいと思うと、ここは少し上品に抑えておこうなどと計算したくなるかもしれません。でも、特に若いうちは、そんなふうに計算せず、自分のやりたいことをやりすぎるくらいでいいと思うんです。普段自分が話している声は、自分ではこれで十分だと思っているけれど、案外小さかったり、1m先の人には届かなかったりすることがありますよね。あえて意識的に想像の1.5倍、2倍大きな声を出すことが大事なんです。それと同じ感覚がデザインにあってもいいと思いますよ。

 

冨永:ソーシャル・レスポンシビリティとクリエイティブは一見、両極にあるもので、両方を狙うのはとても難しいように思えます。でも、バランスなんですよね。どちらかに寄りすぎても、魅力的な表現にならないと思います。半分ずつ考えるということではなく、全体のバランスを取ることが大事。そして、三津子さんがおっしゃったことと重なりますが、自分が求める作りたい作品が、どういうふうに人の心を動かすかを、自分の信念と照らし合わせてとことん突き詰めていくことが大切です。この表現だと、自分の信念がどれくらい届くのか。色ひとつとってもどのブルーなら伝わるのか。鮮やかなブルーか深いブルーかで与える印象は全く違いますよね。それをとことん突き詰めて考えてほしいし、そういった微細な表現ができるのがファッションです。楽しんで、突き詰めて、自己表現をとことん極めていってほしいですね。

 

中里:やりすぎるくらいがちょうど良いんでしょうね。日常の生活では、ほどほどがいいとされているような気がしていますけれど、一度自分の中で振り切ってやってみる。「まだまだ足りない」とどんどんやってみると、声が出せるようになる面もあると思います。そういうことが大事ですよね。どうしても「ほどほど感」が出てしまいますから。

 

渡辺&冨永:唯馬さんは、最初からほどほど感はなかったですけれどね(笑)。みなさんにも、振り切ってやってみてほしいです。

 

中里:ははは。本日は貴重なお話、どうもありがとうございました。

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