栗野宏文氏(株式会社ユナイテッドアローズ上級顧問/以降、栗野):ユナイテッドアローズを1989年に創業してから20年間役員をやり、約10年前にその職を辞して顧問をしています。主な業務はクリエイティブディレクションを作ることとバイヤーの養成で、販売チームとは次世代の販売のあり方を議論しています。
クリエイティブディレクションは、半年先や一年先に会社がどの方向に進み、どういう服を仕入れて、どう作っていくかのおおもとを考える仕事です。2023年は自分のなかでは「移民とミックスカルチャー」がひとつのテーマなのですが、バイヤーやディレクター、マーチャンダイザーと共有して、それをブレイクダウンしてお客さまの手に渡るものを用意しています。この仕事をする上で環境やサステナビリティは、今や考えないではいられないものになっています。
ファッション産業はエネルギー産業に次ぐ第2位の環境汚染産業だと言われていますよね。20世紀までのファッション産業は、簡単に言えばたくさん作ってたくさん売れればハッピーというものでしたが、その結果、資源を取りすぎたり、布の染色によって大量の水消費と排水による環境汚染が起きたり、労働環境が健全でなかったりしていると、問題が見えてきました。私自身は40年間洋服に携わってきて、自分が売る、お客さまに買っていただく商品にネガティブな要素があってはいけないと考えています。物を作る過程や作った後、買っていただいた後に環境にネガティブな影響を与えるものは全力で解決しなければいけないですよね。
中里:誰もが知っているだろうユナイテッドアローズですが、「移民とミックスカルチャー」というキーワードからブレイクダウンして商品を選んでいたり、環境を意識したりしていることを知っている人は少ないかもしれません。思想がきちんとあるから、セレクトショップとして長く愛されてきているのだろうなと思います。
五箇公一氏(国立環境研究所生物多様性領域室長/以降五箇):私は国立環境研究所という環境省の研究所で、環境保全に関わる研究をおこなっている生態学者、生物学者です。ファッションとはほど遠い業界に見えるかもしれませんが、先ほど栗野さんがおっしゃったように、ファション自体が大きな環境負荷をもたらしていることは事実です。ファッションに限らず、車、家電製品、食品、どんなものにしろ、大量生産を行う過程では環境改変をもたらします。農地を広げるためには森林伐採が必要ですし、大量の水を使います。できたものを輸送するには大量のエネルギーを使いますし、排出されたもの、廃棄物などを処理するにもエネルギーが必要で、そのエネルギーを作るのにも環境負荷があります。
かつては人口が少なかったから、少々の廃棄物でも吸収してくれるのではないかと期待して、江戸時代ぐらいだと何でもかんでも川に流して捨てていました。でも今はこれだけ人口が増えて、ありとあらゆる資源を使い尽くそうとしている中で、捨てたものを埋め立てる場所はもうなくなってしまいました。環境負荷が自浄作用をはるかに上回っているのです。
それに対する環境からのしっぺ返しが今、廃プラや農薬という環境汚染の問題や、外来種問題、それから非常に深刻な問題をもたらした感染症問題として噴出しています。生態系というものはよくできていて、増えすぎたものは減らすようにレジリエンス機能が働きます。天敵が出てくるんですよね。今は人間が増えすぎてしまったから、人間を減らそうと新興感染症や非常に毒性の強い生き物が出てきたり、環境そのものが温暖化や環境汚染によって人間にとって生きにくいものになったりしているのです。これを放置していれば、当然人間はえらい目に遭いますし、地球は荒廃するばかりで次世代に生き残る道を残せません。やはり、我々がしっかりと生き方を変えて、持続性のある、豊かな人間社会と自然の共生を目指していくことが課題ですよね。
五箇:新型コロナウイルスは、人間がグローバリズムに偏りすぎて人の流れが激しすぎたので、わずか2ヶ月で世界中に広まってしまいました。人の移動が激しいことはこういったリスクをもたらしますし、移動にはエネルギーを使います。移動の環境コストが非常に大きいですよね。「地産地消」という言葉は、以前から「地元の野菜を地元で食べましょう」という意味で使われてきましたが、それよりもっと切実にこの問題を見直していく必要があるでしょう。
日本のような資源のない国が今の状態を続けていると、移動ができなくなった時には完全に経済が麻痺してしまいます。こういう話をすると「では鎖国がいいのか」と極論に走られがちですが、私が言いたいのは、適度な距離感とつながりを持ちながらも、いざというときには自立できる、国としてのレジリエンス機能をしっかりとつけることが大事だということです。それができていないから、ウクライナ紛争問題が起こったとたんにLNG(液化天然ガス)、LPG(液化石油ガス)がたりなくなり、官僚たちが世界中に飛び回って確保に苦心することになっています。こんな状態はいつまでも続けていいものではありませんよね。自家発電、自立生産できるシステムはしっかり備えておく必要があるし、そういった意識を持ち続けることが重要です。
環境省として私が強く主張しているのは再生エネルギー問題です。このまま日本が化石燃料に依存していくことはできないし、かといって天変地異の多い日本で原子力に頼るのも厳しい。再生エネルギーに舵取りをしていなければいけませんが、山がちで起伏が多く、四季の南北格差も非常に大きいこの国で、風力発電や太陽光パネルをやたらに立てても自然破壊につながるし、生産率にも疑問が残ります。やはり地域の環境特性に合わせ、生産できる再生エネルギーシステムを地域レベルで考えなければいけません。そのためには、今のように東京や大阪という大都市に電力を送るために地方の環境と資源を犠牲にして電力プラントを作る状況から変えなければなりません。東京の機能を分散させて、地方で自立的にエネルギー生産から物質生産まで循環型できちんと行える、そういった経済構造や社会構造を作っていくことが重要なのです。それが、「地産地消」という言葉に込められた想いですね。

栗野:ここ3年くらい、日本各地の「地方創生」「地方の活性化」というプロジェクトへのお声がけが非常に多くて、お手伝いをしています。その土地にある技術、伝統、温泉などの資源など、その地域の特性を生かして、外部に頼らずに地元を活性化させ、富をもたらすにはどうしたらいいかと考えています。愛知県、広島県、岡山県、鳥取県、島根県、山口県など、さまざまなところとご一緒していますよ。
東京には、TOKYO KNITという都内に本社や工場を置くニットファッション製造事業者が集まって次の時代のファッション産業のあり方を考える、ものづくりのプラットフォームがあります。技術を持ち、次世代に伝えていこうとする会社だけをエクセレントカンパニーとして認定し、世界に向かおうとしているのですが、その審査会の審査に協力しています。
それからJ∞QUALITY(ジャパンクオリティ)という、日本のアパレル需要の創造と、繊維・製法産地の活性化を目指した認証制度も始まっています。日本での物作りが難しくなる一方で、「織布・編立」「染色整理加工」「縫製」「企画・販売」、そのすべてを日本国内で行った日本製の商品を認証し、守っていくことが目的です。日本の技術は非常に優れているのですが、放っておくと次世代がいなくて廃れていってしまいます。後継者となる人を呼び込むためには、その仕事が魅力的に見えなくてはいけません。ただ、生地屋さん等は、ご自分たちの仕事に対しては非常に素晴らしい知識をお持ちで、完成度へのこだわりも非常に高いのですが、その生地がその後どうやって衣服になるか、どう売られるかという部分に対して今ひとつ理解がたりません。そこで、デザイナーさんと協業してファクトリー発ブランドを作り、自分達の技術を見てもらおうとしていて、そのお手伝いをしています。
地産地消と言えるほどのスケール感にはまだ至っていないですが、やろうという気運は盛り上がっていると感じます。これがどれくらいの規模になるかはわかりませんが、そんなことを考えるよりも、先に動いてしまったほうがいいですよね。
ファッションは19世紀までは階級中心、つまりクラスセントリックでした。20世紀はプロダクトセントリック。商品化が中心です。そして1980年代の日本人デザイナーの活躍あたりから、クリエイティブセントリックになってきたと思います。「かっこいいものがすばらしい」という発想ですね。しかし今、ファッションの中心となる思想にパラダイムシフトが起きています。「かっこよい、デザインが優れているだけではもうだめなんだ。どんなに素敵な服でも、作る過程でバングラデシュで人が千人死んだり、土壌が染料によって痛んだりしたらダメだ」という意識が生まれてきていますよね。今はなんでも「見える化」される時代です。生産地がこんなにすばらしいと見せていくことが大事ですよね。
栗野:そうなんです。五箇先生が黒い服でサングラスをかけてバラエティに出演されたり、NHKで壇蜜さんとトークなさったりして、人々から注目が集まることで、「生物多様性とか外来種とか、そういうことに対してちゃんと考えることは、かっこいいことなんだ」という意識が生まれますよね。それと同じように、注目が集まることで「生地の生産はかっこいいことなんだ」などと生産地に意識変革が起きればいいと思っています。
中里:そうですね。五箇先生がインパクトのあるファッションでメディアに出ていらっしゃる姿をいろんな人が目にすることは、非常に意味がありますよね。五箇先生は、ご自身のファッションについてどうお考えですか?
五箇:自分の好みで日常的にこういう格好をしていたから、そのままメディアに出ているだけなのですよ。でも、メディアの方がファッションをきっかけに注目してくれたという面はありますね。環境問題に関して我々は普及啓発を考えていますが、よくある環境系の特集番組やシンポジウムは、既に関心のある人にしかアピールできていないという問題があります。でも、本当に知ってほしいのは、今、何の関心も興味もない人ですよね。興味がない人をどれだけ惹きつけられるかが普及啓発の鍵であるならば、おもしろいと思わせ、目立たなければならない。僕の場合は意図せずにバラエティに出るようになったから、それを利用しています。バラエティを見ている人が、グロースアップ現代なんかに僕が出れば、「あ、あのバラエティに出ている人だ」と見てくれる可能性が上がりますからね。そういう意味で、ファッションというのは間違いなく、非常に重要なアイテムです。一つの自己発信で、人間社会になくてはならないものなんです。だから個性的である必要がありますし、多様性も必要です。環境を意識してファッションそのものをネガティブなものだと否定するのではなく、ファッションの意義を尊重し、大事にするために、いかに継続していくかを考えることが、このプログラムでは重要なんだろうと思っています。
中里:今、五箇先生の背景にあるキングギドラや研究室にある怪獣の大量のフィギュアも、先生のイメージの特徴ですよね。コロナ禍ではZoom会議が増えましたから、そのフィギュアを背景に背負ってらっしゃる五箇先生を目にする人は多かったと思います。そうなると、フィギュアがアクセサリーやファッションの一部で、先生がそれらをまとっているようにも見えました。
五箇:実はそれも狙っています。オンラインを逆手にとって、話の中身はともかく絵面を見たいという人を集められるならラッキーという思いもあって。フィギュアを楽しみに私を見てくれる人がいるなら、生物多様性の話をする機会も増えるだろうと考えて、戦略的に並べています。
中里:おもしろいですね。そこに新しいファッションの可能性があるような気がしました。

栗野:10年、20年ぐらい前から若い子たちが、花火大会や夏祭りに参加するときに、浴衣を着るようになりましたよね。盆踊りは私が子供の頃なんかはダサいものだという印象だったんですが、今ではラッパーなども参加して、盆ダンスなんて呼んでかっこいいものになっている面もあります。たしかに日本以外の国に対する憧れはファッションに限らずいろんな消費をドライブさせてきましたが、それはたぶん20世紀なかばぐらいまででしょう。1980年代以降、日本人デザイナーが活躍したり、ユニクロが躍進したりして、今は以前ほど西欧崇拝は強くないと思います。また、良くも悪くもこの3年はコロナで移動ができなかったので、以前だったら海外取材に行っていたようなテレビ番組が国内を紹介するようになりましたよね。それによって、日本国内にもきれいなところはたくさんあり、B級グルメのおいしい、おもしろいものもあり、武蔵小山の商店街や三軒茶屋など身近な場所のおもしろさが見えてきました。その結果、身近な、歩いて行けるような近くが改めてクールなものになってきた印象があります。僕は人々が外国への憧れから脱出しつつあると見ています。
おそらく次に起きてくるのはメイドインジャパンの再評価でしょう。日本製は決して安くはないんですよね。輸送距離だけは近いからカーボンフットプリントと輸送コストは小さいですが、原材料は現状では海外依存が強いですし、何より人件費が高いです。でも、日本では劣悪な環境で少年少女を働かせて物を作るようなことはしなくても済んでいます。そこに素晴らしいデザインだったり、生分解可能な素材を使ったり、長持ちしたりという付加価値をつければ、評価されるはずです。
物の価値は、品質やきちんとした作り方へのリスペクトが支えているのですから、縫う人や染める人の人件費ももっとあげて高く売ってもいいくらいです。それを日本人が買うためには景気を良くする必要がありますが、上部構造、つまり政府や行政が変わらなければいけない部分と、産業や小売に関わる人など下部構造の両面が、変化していかなければいけません。
上部構造は海外からもっと学んでもいいと思います。コロナ禍でフランスは変わりました。パリではもともと排気ガス問題が酷かったのですが、コロナを期に市内の四車線の大通りを二車線にして自転車専用レーンにしています。こういった大きな部分は政府や行政がやらなければいけませんが、下部構造も最大限地球環境をファーストプライオリティにしながら動いていかなければいけません。でも、日本にはもともと「もったいない」というマインドがありますからね。法律で縛らなくても、人々が自発的に動けるんです。江戸時代なんかはエネルギーの再利用、雨水の再利用、富の再分配が世界で一番進んでいたと言えるくらいなんですから。その精神がある限り、まだまだ日本は生き残れると思いますよ。
中里:大事な指摘ですね。移動距離が大きいのに安い服が大量に日本に入ってくる状況によって、国内生産のものが売れなくなってしまい、それが続いて後継者がいなくなってしまった。これを変えていくことは、環境の観点からも、ものづくりの観点からも喫緊の課題だと感じています。栗野さん、五箇先生、本日も良い話をありがとうございました。