アニマルマテリアルの現在と、より良い未来のための考え方とは?

アニマルマテリアル
DIALOGUE
2021/11/11
アルマーニ、グッチ、ヴェルサーチが脱毛皮宣言をするなど、動物素材(アニマルマテリアル)の使用廃止を宣言するブランドがここ数年増えてきている。今回は世界初の人工合成による構造タンパク質素材「Brewed Protein™️」の量産化に成功したことで有名なSpiber株式会社 取締役兼代表執行役の関山和秀氏とFASHION FRONTIER PROGRAM(FFP)発起人の中里唯馬、FFP実行委員の鎌田安里紗が語り合った。

 

一律に答えが出るわけではない、動物素材に関する議論

鎌田安里紗(以下、鎌田):動物素材の使用に関しては、環境負荷の観点、生命倫理的な観点、歴史や文化の観点など、さまざまな観点からの議論がありますし、動物素材を辞める場合に代替素材が現状は石油由来のものが多いことをどう考えるか、動物素材を使うときにどういう環境で飼育すればいいのか、動物素材というのは何を指すのか等、さまざまな論点もあります。意見が対立しがちな、難しいテーマですね。

 

中里唯馬(以下、中里):動物素材と衣服の関係は非常に歴史が古く、衣服の原点は、動物から革をいただいて纏ったものと言われています。動物素材を使うのは非常に自然なこととも言えるんですよね。また、何を纏うかの選択は、何を食べるかと同様に、その土地の文化、気候、宗教などが密接に絡み合いながら生まれてきているんですよね。その土地で採れるものを身に纏うのは自然なはずです。それが、グローバル経済の中で同じものを大量に作り、世界中で着るような状況になって、いろんな問題が起きている。そう考えると、「これは素材として使ってはいけない」と一つの価値観では考えられないと思います。それが、議論の出発点として大切な視点ではないでしょうか。

 

鎌田:本当にそうですね。一つの価値観で良し悪しを決めることは難しいですよね。Spiber株式会社(以降、スパイバー)は微生物から作られた素材を作っていらっしゃいますが、何かを悪いものとして攻撃するのではなく、新しい選択肢として紹介なさっているのがすてきだと感じます。

 

関山和秀氏(Spiber株式会社 取締役兼代表執行役 以下、敬称略):ありがとうございます。

 

鎌田:関山さんにお聞きしたいのですが、生命倫理と動物素材に関してどうお考えでしょうか。そもそも何を動物素材、つまり命あるものとして扱うのかの線引きも難しいと思います。牛や羊などの四つ足動物の場合もあれば、シルクは虫ですし、スパイバーさんは微生物を素材を生み出されています。

 

関山:どこから生命倫理に関わる素材かに関しても正解はないですよね。動物や植物、微生物という分類学状の分類はありますし、痛覚があるものに対しては「何かかわいそう」という意見もあります。しかし、植物だってかわいそうだとも言えます。私は、「かわいそう」「倫理的にどうなのか」という発想は、完全に人間のエゴでしかないと思うんですよ。なぜなら、我々は毎日何かしらの形で動物や植物の命をいただいて、食べて生きているからです。それを否定するのは生きることを否定することになります。

 

鎌田:その通りですね。肉食を減らし菜食を選択することは、環境負荷の低減に貢献しますが、生命倫理的な観点で言えば、動物も植物も生命を持つ存在ではありますものね。種によって序列をつけること自体が優勢思想につながるという批判もあります。スパイバーさんは微生物から繊維を生み出されているわけですが、例えばこれまでに微生物の生命をどう考えるかということが論点になったことはあるのでしょうか。

 

関山:ブランドさんとそういう話になったことはないのですが、「微生物の命をどう考えられていますか」という質問はたまにいただきます。でも、会社としてオフィシャルな見解を持っているわけではないんです。人それぞれで考え方が違っていいと思うんですよ。たとえば、日本のある発酵関連企業さんは研究でたくさん微生物を使ったからと、「菌塚」を作って供養していらっしゃいます。でも、痛覚も神経系もない微生物を生命ととらえない立場の人もいます。実際、我々の腸内には大量に菌、微生物がいて、毎日大量に下水に流してしまっているんですよね。そういう存在をどうとらえるか。自分なりの視点で向き合っていくことが重要だと思います。一方、生命倫理的観点からウールやカシミヤ、ファーやレザーなど動物素材が使われている衣類は購入したくないという消費者は世界的にも増えています。生命の線引きは人それぞれ違いますが、我々は、そういった方達が少しでも気持ちよく購入して着用できる選択肢を増やすことはできると考えています。

 

鎌田:一つの価値観で全ての事象を「これが正しいのである」とまとめず、自分なりの視点で納得できる解を見つけることが大事ですね。

 

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動物素材を使用する上で意識すべきこと

鎌田:多様な価値観があって良いし、それぞれの立場が尊重されるべきだとは思います。一方で、ファッション産業は環境に関する負荷が大きいことが問題になっています。動物性素材の環境負荷に関しては、やはり知ってから判断した方がいいですよね。

 

関山:そうですね。よく言われていることではありますが、牛や羊、山羊などの反芻動物は非常に多くの温室効果ガスを出します。反芻動物は胃が複数あって、入れたり出したりしながら胃の中の微生物の助けを使って消化をするわけですが、その際にゲップとしてメタンガスを出すんですよね。これが二酸化炭素よりも温室効果が高いと言われているんです。もっとも多くの温室効果ガスを排出する輸送セクターは、温室効果ガスの23%くらいを出していると言われますが、畜産はゲップ以外のさまざまな形で排出する温室効果ガスも含め、6〜8%の排出量があると言われています。

 

鎌田:かなり大きな影響があるのですね。

 

関山:別の環境問題もあります。たとえばカシミヤは現在、需要の高まりによってゴビ砂漠周辺などで過放牧されています。カシミヤは山羊から採れる毛でできていますが、山羊は爪で土を引っ掻いて根っこまで食べ尽くしてしまうので、周辺部の砂漠化の主要な原因の1つとも言われているんですよ。

 

鎌田:動物素材を取り巻く論点にはさまざまなことがある中で、それを混ぜて語ってしまうこともあるなと感じています。どういう素材を使うかを考える時に、自分が納得できる解に辿り着けるように、分解して考えなくてはいけないですね。

続いては別の論点になりますが、動物を飼育して、動物素材を得ることをいったん良しとした場合に、「できるだけ良い環境で育てましょう」という動物福祉の考え方があります。中里さんは以前にデンマークでミンクの飼育の現場を訪問なさって、そこでの動物福祉の在り方に衝撃を受けたことがあるそうですね。

 

中里:デンマークは世界一のミンク毛皮輸出国で歴史もあり、倫理的に配慮した飼育環境があるということで、8年ぐらい前に見学させてもらったんです。今は飼育方法などが変わっているかもしれませんが、動物を幸福に育てることは重要であり、幸福な環境で育てると毛並みがよくなると説明されました。動物は話ができないので、幸福であるかどうかを聞くことはできないですが、ストレス行動の研究は進んでいて、それが出ないように、1匹あたりに十分な広さが確保する、餌が定期的に与える等の、さまざまな配慮があるのです。

 

鎌田:それだけ聞くと、良さそうだなとは思いますね。

 

中里:そうですね。ただ、私にとって衝撃だったことがあったのです。基本的にはミンクは檻から出られないのですが、生涯で2回だけ出られるタイミングがあるんです。その1回目は子孫を残す時。その時にミンクは「檻から出られる=異性と出会える」と認識すると思います。しかし2回目は、実は死ぬタイミングなんです。外に出されて、「異性と出会えるぞ」と思ったタイミングで殺される。ガスで殺されるので、苦しまずに最期を迎えられ、ストレスがないので毛並みもきれいだというんですよ。これを見た時に非常に衝撃を受けて、考えさせられました。人間の「どうあれば幸せなのか」という議論にも通ずる話で、これって一方的な「幸せ」の押し付けではないかと思ったんです。動物に対する最善策がこういうものかと考えてしまいました。

 

鎌田:動物がそれで本当に幸せかどうかはわからないし、そのことについて自分がどういう意見を持つかで判断するしかないですよね。

 

中里:そうなんです。一方で、たとえばロッカーにとっては、革ジャンはタキシードであるという人もいます。それは生き様であり、スピリットなんですよね。夏でも革ジャンを着るのが当たり前だという人にとっては、アニマルレザーではなく代替素材があるからそれを使え、とは言えません。環境問題、福祉的な観点でも考えさせられますが、動物素材は文化や歴史の観点でも考えなければいけません。また、動物素材の産業の方にもサステナブルであってほしいとも思います。
一つの解決策としては、すでにたくさん生産されたものをリサイクル、アップサイクルすること。セカンドハンドで流通するものを増やし、新しいものに規制をかけて負荷を抑えながら、新しいものには生産減を補えるぐらいの付加価値をつけていくといいのではないでしょうか。

 

鎌田:中里さんは実際にレザーをアップサイクルした作品を発表なさっていますよね。

 

中里:レザーは耐久性がよく、二次加工、三次加工をしやすいので使いやすいんですよね。ウールに関しても、リサイクルウールが市場に出回ってきていますし、ファーもアップサイクルが使われるようになっています。そういったものをもっと使っていけばいいと思います。

 

代替素材に対する考え方、接し方

鎌田:ファーのアップサイクルが使われるようになったというお話が出ましたが、代替素材としてフェイクファーを使うブランドも増えています。しかし、例えばエレンマッカーサー財団は、フェイクファーは生産や使用の際にマイクロプラスチックを出してしまうので、それらの素材の使用を増やすなら、責任ある研究開発が必要だと主張しています。そんななか、りんごの皮やパイナップルなどを材料としたヴィーガンレザーも出てきていますよね。関山さんは新しい素材を開発なさっていますが、今までの素材をどのように考えていらっしゃいますか?

 

関山:我々がやろうとしていることは、代替素材を作ろうというよりも、選択肢を増やそうということです。ファーやレザーも規模によっては十分に環境的には持続可能になりえるはずですが、今は規模のバランスが悪くて問題になっていると思うんです。バランスが悪い中で、何かの加減で1つの選択肢が使えなくなった時に、次の選択肢がないと困ります。多様な選択肢があることは非常に重要なんですよね。多くの代替素材を使うブランドはソーシャルグッドな選択肢を取りたいと思っているはずですから、多様な選択肢から選べるようになれば、バランスも変わっていくかもしれません。

 

鎌田:これが悪だから変えましょうというスタンスではないのですね。

 

関山:私は石油由来の製品、プラスチックが全部悪いとも思っていないんです。場合によってはプラスチックが最適な場合もあると思います。循環のさせ方をしっかり整えて使い続ける方が、人類のウェルビーイングにとっては良いかもしれません。一方で、環境や持続性の議論を超えて、「プラスチックは嫌いだ」という考えを持つ人もいますよね。当然その考えは尊重されるべきですし、その意味でも選択肢を増やすことは必要だと思うんですよ。

 

鎌田:たしかに、医療の現場などではプラスチックが最適な場面があるかもしれません。一方で、ファッション産業で使われる繊維の7割近くが石油由来の合成繊維だと言われています。そのバランスはいいのか、果たしてそれが服にとって最適なのかという議論もあります。それぞれの人がさまざまな観点から考え、多様な素材から選べるようにと、スパイバーさんは選択肢を増やしているということなのですね。中里さんは、代替素材に関してはどのように向き合われていますか?

 

中里:いろいろな新しい素材が出てきていますが、デザイナーという立場から、私は新しい素材の価値や可能性を最大化していきたいと思っています。新素材を作るのはとてつもないエネルギーや労力がかかっているので、単純にその素材に使わせてもらうだけでは申し訳ないと思うんですよね。

 

鎌田:可能性を最大化していくとは、どういうことでしょうか。

 

中里:料理に例えると、新しい食材が見つかった時に、それをどう料理するのかは、レシピがないからわからないですよね。それでシェフ達は、どう調理したらおいしく食べられるか研究します。同様のことをファッションにおける新素材でやりたいと思うんです。もちろん素材がすばらしければ、寿司のようにそのままでもおいしい料理ができるのですが、それだけで満足せず、もっと料理の仕方を広げていきたいのです。素材がサステナブルになると、それだけで色々な課題が解決したような気持ちになってしまいますが、さらにできることはないかと考えることは大事だと思うんですよね。

 

鎌田:関山さんと中里さんは、素材に関してディスカッションをして、アイディアを一緒に膨らませる機会をお持ちなのでしょうか。

 

中里:夜な夜な連絡を取り合っていますね。日々、発見があるので、その原因や効果を追求しながら向き合うのは、非常におもしろいと感じています。

 

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情報の取捨選択の仕方

鎌田:今日はお二方とも一貫して、それぞれの正義があるので正解はないというお話をしてくださいました。ただ、自分なりの解を持つためには、それぞれの課題に対してリサーチをして、情報を得てジャッジをしていかなければなりませんよね。中里さんのようなデザイナーなら、服を作る時にどの素材を使うかを決めていかれます。中里さんはその時にどんなことを意識して、情報を取捨選択なさっているのでしょうか。

 

中里:感情で動く前に本質を突き止めることが必要だと考えています。トレンドもムードも、メディアの発信などによって意図的に作られ、醸成されるようなところがあります。人間には論理的に理解していく力もありますが、良くも悪くも感情で動いてしまうところもあるので、ネガティブなニュースが一気に流れると、理屈では別に重要ではないと思っても「何かいやだな」などと、流されてしまうものなんですよね。だから、誰がNoという議論を牽引しているのか、その元をたどることが重要だと考えています。メディアの発信でいろいろな正義や倫理観が作られてしまうので、情報の受け手側としては、日々、試されていますよね。

 

関山:ビジネス的な側面で情報が発信されることはよくありますよね。特にフェイクファーに関しては、石油由来のもののほうが圧倒的に安く、原価も下げられます。もちろん、それだけが理由ではないでしょうが、そういう側面もあって、リアルファーのネガティブな情報が流れている面があることは、意識しておくほうがいいですよね。

 

鎌田:動物素材だけではなく、遺伝子組み換え、原子力発電、さまざまなことに対して意見が二分する時はありますよね。関山さんがご自身の意見を構築する上で、意識していることや気をつけていることがあったら教えてください。

 

関山:自分で深掘りして、情報を集めて考えることが大切だと思います。そしてその情報も、できるだけ科学的に受け止める。どうしても刺激の強いものを見せられると考えが偏ってしまい、過度に注目してしまいますが、常に批判的な視点を持つことが大事だと思うんです。私はすごく天邪鬼で、「これってこうなんだよね」と言われると、「本当かな?」と疑ってしまいます。ネイチャーやサイエンスといった一流の科学雑誌で「こんなことがわかった」と新しい論文が出ても、後から平気で覆ったりするものなんですよ。人間の知恵は大したことはないので、信じすぎないことが大事で、「こういうこと“は”わかった」と、限定的に正しく理解する必要があります。「この分野は全部わかった」などと思うのは危険です。

 

意見の違う人との接し方

鎌田:今日は、動物素材に関する議論には絶対的な、画一的な正しさがあるわけではないという発想をベースに話を進めてきました。しかし、この議論に関しては賛成反対の価値観の対立に陥りがちです。意見が違う人と、どうやって接していくといいとお考えでしょうか。

 

中里:自分と違う意見を持つ人の話に、耳を傾けてみることが大事だと思います。なぜそれを着ているのかを批判せずに聞いてみると、いろいろな思いがあって着ていることがわかるかもしれません。それをまずは受け入れてみることが大事だと思っています。これまでの多様性に関する議論、生物多様性に関する議論にも通ずることですが、今起こっている問題は、グローバル経済のなか、経済合理性のもとに一つの価値観ですべてを統一したほうがやりやすいと行動してきてしまった結果、起きているものなんですよね。多様な意見・考え方を尊重していくことが必要だと思います。

 

鎌田:関山さんはいかがでしょうか。

 

関山:我々は遺伝子組み換え微生物を使って糸を量産していますが、研究所が山形県鶴岡市にできた当時、「遺伝子組み替え」という言葉は、地域の多くの人にとってはソンビが誕生してしまうんじゃないかというような、危険なイメージを与えたようです。プラカードを掲げ、拡声器をもって「出てけ!」と言われることもありました。当時は10代で、最先端の研究で世界を良くしようと思っていたので、そうやって批判されると、けっこうショックだったんです。

 

鎌田:それは強烈ですね。どうなさったんですか?

 

関山: 私は割と耐久性のあるタイプだったので、「じゃあ、お話をさせてください!」と2時間ぐらいお話しする時間をもらったんです。我々も「これは安全なんです」なんて安易には言えません。でも、こういうことをやっているのだと説明して、どんなリスクとリターンがあるかを説明することはできます。こういった技術を活用しなければ食料が足りなくなるかもしれない、とか、今日お話ししたような選択肢のお話をしたりとか。自動車事故で亡くなる人は世界にたくさんいるけれど自動車が今でも売られているのは、危険なところだけに注目せず、リスクとリターンを見極めたからですよね、などとも話しました。

 

鎌田:大事な話し合いですね。ただ、感情的になっている方々に対して、話のいとぐちが難しそうです。

 

関山:「庄内平野に広がる田んぼを見て、自然が多くて良いと多くの人が言いますけれど、これはめちゃくちゃ不自然で人工的ですよね。自然界にはない状態でこれだけ広大に米を植えていることに対してどう考えますか?」みたいな話から始めました。そういう話から徐々に理解しあって、お互いに「たしかに」と認め合い、「じゃあ、今度飲みにいきましょう」と、仲良くなるようなことを地道にやってきたんです。

 

鎌田:批判的な姿勢の人と、対話をなさるというのは大事なことですね。

 

関山:そうなんです。こちらが防御、攻撃モードになってしまうと対立してしまうし、間に受けすぎて折れちゃうともったいないですよね。場合によっては仲良くして、場合によっては仲間に引き込むような気持ちでやっていくのは大事だと思います。大反対していた人だけれど、今は応援してくださる方々もいるんですよ。自分のためじゃなくて、世界のためにやっているのだと伝れば、仲良くなれて意見を聞いてもらえるようになり、いい形で共存できるようになるんですよね。

 

中里:動物素材は命の話ですが、人間はみな矛盾を抱えながら生きているんですよね。種を繁栄させていくことに意義があると思う人もいれば、他の種に負荷をかける人間は少しずつ数を調整していったほうがいいと考える人もいるんですから。さまざまな矛盾を抱えて生きている人間同士なのだから、大事なのは対立ではなく対話。多様な意見を認め合うことなんですよね。

 

(Text:フェリックス清香)

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